脳内麻薬と認知症

夢の薬

「アヘン」という名前を聞いたことありますか?
1840年、これを巡る戦争まで引き起こした麻薬です。

その効果は紀元前の頃から知られており、ローマ帝国時代には麻薬としてだけでなく、薬品としても使われていました。

19世紀初頭、ドイツの科学者がアヘンの有効成分である「モルヒネ」の抽出に成功し、医療現場で鎮痛剤として使われるようになります。

戦中の負傷兵に対して使われたモルヒネの効果は目を見張るものがありました。

例えば両腕・両足を失っても、ほんの0.2~0.3g服用すると、痛みはほぼ完全に消えたとのこと。

アルコールにも鎮痛作用はありますが、効果を得るのにその数百倍の量が必要だったので、わずかな量で高い効果が得られるモルヒネは、まさに夢の薬と言われたんです。

麻薬と脳内麻薬

1970年代始め、脳細胞の表面にモルヒネと結合する受容体があることがわかりました。

受容体とは文字通り、取り込まれた成分などを受け取る役割があって、特定のものしかマッチしません。
モルヒネの受容体ということは、私たちの脳の中にはモルヒネだけの受け皿があるということです。

この受容体の存在するから、モルヒネがこうも強力に作用するのだと判明しました。

しかし、そこで新たな疑問が生まれます。

「なぜ人体に、麻薬であるモルヒネの受容体が存在するのか?」

この疑問に対し、世界中の科学者たちがこぞって研究した結果、わずか数年で答えが出ました。

1976年、豚の脳内で未知の物質が発見されます。
その物質は豚の「脳内で生成されたもの」と考えられ、その分子構造はモルヒネのそれとよく似ていたんです。

同年、子牛の脳からも同様の物質が発見され、両者とも「脳の自家製モルヒネ」であると結論付けられました。
この自家製モルヒネは人間の体にも存在します

少し脱線しますが、モルヒネは「モルフィン」とも呼ばれています。

脳で生まれた自家製モルヒネは、体内で合成されることから「体内性モルヒネ(エンドジーナス・モルフィン)」と名付けられました。

やがてこの「エンドジーナス・モルフィン」は、頭とおしりをとって「エンドルフィン」と略されるようになりました。

エンドルフィンは聞いたことがある人も多いですよね。

エンドルフィンはドーパミンなどと同じ、脳内麻薬の一種。
エンドルフィンにはモルヒネと同等の鎮痛作用があり、多幸感をもたらすとされています。

その効果は、アメリカの長距離ランナー、ジェイムズ・フィックスのベストセラー著書「奇蹟のランニング」(1978年)によって知れ渡ることとなりました。
それこそが「ランナーズハイ」。

ランナーズハイとは、運動によってこれらのドーパミンやエンドルフィンなどの脳内麻薬が作られ、痛みや疲労を忘れ、多幸感に包まれる状態のこと。

運動がストレス解消につながると言われている理由はこれにあります。

ただゆっくり歩くだけじゃ十分な量は作られないんですが、適度に、一定時間身体を動かすことができれば、ストレスは軽減していく上に、ストレス耐性まで身に付きます。

ストレスはあらゆる健康被害をもたらします。

なので、ストレスをただ解消する以上に、耐性を身に付けることは、認知症を含めたあらゆる健康被害の予防・改善にとっても重要ということです。