「大丈夫」の裏にある本音とは?言葉に頼らないコミュニケーションで、認知症の方との心の距離がぐっと縮まる方法

前回の記事では、心理学の始まりと、ヒトラーや橋下徹に学ぶ、大衆の心をつかむ心理テクニックを紹介しました。

この記事では、コミュニケーションを円滑にしていくために、相手の心理、つまり本音を見抜く方法についてお話ししていきます。

 

 

利用者さん、特に認知症を抱える方々は、ご自身の気持ちや体調の変化をうまく言葉で表現できないことが少なくありません。だからこそ、私たちは「言葉にならない声」に耳を澄ませる必要があるのです。

この記事を読めば、利用者さんの小さな表情の変化から「本当の気持ち」を読み解くヒントが得られます。あなたの明日からのケアが、もっと自信に満ちた、そして利用者さんとの心温まる時間に変わるはずです。

 

言葉だけでは足りない、介護現場のコミュニケーション

私たちは日々、利用者さんと多くの言葉を交わします。「今日の調子はいかがですか?」「お食事、美味しかったですか?」こうした言葉のやり取り(バーバルコミュニケーション)はもちろん大切です。

しかし、介護現場で本当に重要なのは、言葉以外の情報、すなわちノンバーバル(非言語的)コミュニケーションです。

例えば、私がまだ経験の浅かった頃、ある利用者さんが「一人で大丈夫だから」と、トイレへの移動を頑なに拒否されたことがありました。
私はその言葉を鵜呑みにしてしまい、少し様子を見ることにしたのです。
しかし、数分後、その方は一人で立とうとして転倒しそうになってしまいました。

後から思えば、その方の表情はこわばり、ベッドの柵を強く握りしめていました。
「大丈夫」という言葉とは裏腹に、体は「不安だ、助けてほしい」というサインを発していたのです。
この経験は、私にとって大きな教訓となりました。

利用者さんの言葉と本音は、必ずしもイコールではありません。
むしろ、表情やしぐさ、声のトーンといった非言語的なサインにこそ、その方の真実の感情が隠されていることが多いのです。

表情は「心の鏡」。信頼関係を築くための観察術

心理学の世界では、人間の基本的な感情とそれに伴う表情は、文化や人種を問わず共通していると言われています。
アメリカの心理学者ポール・エクマン博士は、特に「喜び、悲しみ、怒り、驚き、恐怖、嫌悪」の6つの基本感情が、全人類に共通する表情として表れることを明らかにしました。

これを介護現場で活かすことが、利用者さんを深く理解する鍵となります。

【現場のリアルな悩み①】(SNSより引用)

「いつも穏やかなAさんが、食事の時だけ眉間にしわを寄せて、時々しかめっ面をするんです。でも『美味しくないですか?』と聞くと『美味しいよ』って…。何が原因か分からなくて困っています。」

このような悩み、あなたにも経験がありませんか?
これは、言葉(美味しい)と表情(不快)が一致していない典型的な例です。
この場合、考えられるのは「嫌悪」や「苦痛」のサインです。

もしかしたら、その日のメニューに苦手な食材が入っていたのかもしれません。
あるいは、入れ歯の調子が悪くて噛む時に痛みを感じている可能性も考えられます。
味覚の変化で、以前は好きだった味付けを不快に感じているのかもしれません。

ここで重要なのは、「なぜだろう?」と一歩踏み込んで、表情の裏にある原因を探る視点です。

「Aさん、もしかして何か硬いものでもありましたか?」「お口の中、どこか気になるところはありますか?」と、具体的な声かけをすることで、利用者さんも「実は…」と本音を話しやすくなるかもしれません。

 

一瞬の「微表情」を見逃さないための3つのコツ

利用者さんの本心は、約0.2秒というごくわずかな時間に表れる「微表情」に隠されていることがあります。
意識的に作られた表情とは違い、無意識に湧き上がった感情が漏れ出てしまうのです。

とはいえ、忙しい業務の中でずっと表情を見ているわけにもいきませんよね。
そこで、私が後輩たちにいつも伝えている、効率的にサインを捉える3つのコツをご紹介します。

  1. 「変化の瞬間」に注目する
    常に顔を凝視する必要はありません。注目すべきは、状況が変化する瞬間です。例えば、「食事を口に運んだ瞬間」「ベッドから車椅子へ移る瞬間」「ご家族の話をした瞬間」などです。普段の穏やかな表情から、一瞬でも眉が上がったり、口角が下がったりしないか。その変化に気づくことが第一歩です。
  2. 「目と口元」をセットで観察する
    よく「目が笑っていない」と言いますが、これは本心を見抜く上で非常に重要です。本当に心から喜んでいる時、人の口角は自然に上がり、目の周りにも力が入り、優しい目尻になります。しかし、作り笑いの場合は、口元だけで笑おうとするため、目元に変化が現れにくいのです。「ありがとう」という言葉と共に、目元がどう変化しているかを見てみましょう。
  3. 気づいたことを「一言」記録に残す癖をつける
    小さな変化に気づいても、忙しさの中で忘れてしまいがちです。「〇〇様、レクリエーション中、歌の時間になると一瞬表情が和らぐ」「△△様、食堂に入ると眉間にしわが寄ることが多い」。このように、介護記録に一言書き添えるだけで、その方の好きなこと、苦手なことのパターンが見えてきます。この記録が、他の職員との情報共有や、ケアプランの見直しに非常に役立つのです。

まとめ

利用者さんの「言葉にならない声」を聴くために、明日から実践できるポイントをまとめました。

  • 利用者さんの言葉と表情が一致しない時は、表情の方を信じてみる。
  • 「食事」「移動」「会話」など、状況が変わる瞬間の表情の変化に注目する。
  • 笑顔を見たら、口元だけでなく「目元」も優しくなっているか観察してみる。
  • 気づいた小さな変化は、忘れないうちに一言でも記録に残し、チームで共有する。

次の一歩

難しく考える必要はありません。まずは、あなたが担当している利用者さんの中から一人だけを選んで、「食事介助の最初の3分間だけ、その方の表情にいつもより少しだけ注意を向けてみる」ことから始めてみませんか?

きっと、今まで気づかなかった新しい発見があるはずです。

Q&Aセッション

Q1. 表情が乏しく、感情が読み取りにくい方にはどう接すれば良いですか?

A1. 表情の変化が少ない方の場合、「手」「声」「呼吸」に注目してみてください。手を固く握りしめている時は緊張や不安、声がいつもより小さい時は気分の落ち込み、呼吸が浅く速い時は痛みや苦痛を感じているサインかもしれません。表情以外の非言語的なサインを複合的に観察することで、その方の状態をより深く理解できます。

Q2. 自分のイライラが、利用者さんに伝わってしまわないか心配です。

A2. とても大切な視点ですね。私たち介護職も人間ですから、気持ちに波があるのは当然です。大切なのは、自分の感情にまず自分で気づくことです。「あ、今自分は焦っているな」と感じたら、一度その場を離れて深呼吸をする、他の職員に一声かけて短時間でも交代してもらうなど、意識的にクールダウンする時間を作りましょう。あなたの穏やかな表情や態度は、それだけで利用者さんにとっての「安心材料」になります。

Q3. 忙しい業務の中で、一人ひとりの表情をじっくり見る余裕がありません。

A3. よく分かります。常に100%の力で観察し続けるのは不可能です。だからこそ、「この時間だけ」「このケアの時だけ」と、ポイントを絞ることが重要になります。例えば、「朝の更衣の時だけは、〇〇さんの表情をしっかり見よう」と決めるのです。短時間でも意識を集中させることで、見えてくるものは大きく変わります。無理なく続けられる自分なりの観察の習慣を見つけることが、結果的に質の高いケアにつながります。