認知症の方の介護で悩んでいる方へ|身体拘束ゼロの本当の意味と、その背景にあるもの

平成12年、介護保険制度が施行されました。

その目的として大きいもののひとつに、高齢者の権利擁護があります。

介護保険制度が施行されるまで、介護施設には身体拘束に関する規定が整備されていませんでした。

当時、病院や介護施設での身体拘束を含む虐待が問題視されていたため、このままでは良くないと、厚生労働省が介護保険制度において身体拘束ゼロの手引きをとりまとめ、次のように身体拘束禁止規定が定められたんです。

この記事では、身体拘束禁止規定について触れながら、介護施設が現場に身体拘束禁止を強要する真意についてお話しします。

身体拘束禁止規定とは

介護保険制度において定められている身体拘束禁止規定には、次のような一文があります。

サービス提供に当たっては、当該入所者または他の入所者の生命または身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体拘束その他入所者の行動を制限する行為を行ってはならない。

緊急やむを得ない場合の判断基準~身体抑制の三原則~

身体拘束禁止規定の中に、【緊急やむを得ない場合】という記載があります。

言い換えれば「拘束する他に手段がない状況」ということです。

これについて厚生労働省は、身体抑制の三原則として次のように明示しています。

  1. 切迫性
  2. 非代替性
  3. 一時性

簡単に説明すると、

  1. 切迫性:早急に対応しないとケガや生命に関わる状況
  2. 非代替性:抑制以外に効果的な方法がない
  3. 一時性:あくまで一時的な対応として行う

この三原則を絶対条件として、身体抑制を許可する・・・というものです。

許可するといっても、状況判断で抑制が必要とされたからと言って、じゃあはいどうぞって拘束を始めるわけにはいきません。

各介護施設では、身体拘束禁止規定に基づいて作成された身体拘束廃止に関する指針を公表しています。

言い回しなんかは施設ごとに違うでしょうが、僕が所属する法人の指針には次のように書いてあります。

三つの要件(切迫性・非代替性・一時性)をすべて満たした場合のみ、本人・家族への説明、同意を得て行います。また、身体拘束を行った場合は、身体拘束適正化委員会を中心に十分な観察を行うとともに、その行う処遇の質の評価及び経過を記録し、できるだけ早期に拘束を解除すべく努力します

ざっくりまとめると、

「三原則を前提に、本人・家族の同意を得た上で抑制を行い、早めに解除できるようにします」

ということです。

「本人の同意を得て抑制」ってなんかおかしい感じがしますね。
ですが、介護保険制度においては利用者本位が大原則なので、本人への意向確認なしにことを進めることはできないようになっています。

本人に拒否されても、家族の同意を得て結局抑制しちゃう場合が多いと思います。
なのでせめて、本人に意向に沿うよう、できるだけ早く解除できるよう検討していきますよってスタイルです。

また、例えば「ベッド柵がないと不安だ」と、自ら抑制を希望するケースもいますね。

 

というわけで、介護施設に身体拘束に関する指針を公表、順守させることで、身体拘束の実施を適正化しようというのが、身体拘束禁止規定の狙いです。

身体拘束と身体抑制の違い

身体拘束の定義は、身体拘束ゼロへの手引きの中で具体例11項目が挙げられていますので、「身体拘束 11項目」で検索すればヒットします。

それらを大まかにまとめると、

ひもなどで縛ったり、ミトン、薬の過剰投与や閉じ込めで本人の事由を奪うこと

ということになります。

では身体抑制とは何か?

それはね、身体拘束と意味は同じです。

厳密に言うと、「道具や薬剤を使って身体を拘束し、その運動を抑制する」という意味です。
なので、拘束は抑制の手段という考えると、しっくりくるかなと思います。

まあそこまで厳密に分ける必要はありません。

強いて言えば、医療現場では身体抑制と言うし、介護現場では身体拘束と言うって感じです。

介護施設が身体拘束ゼロを現場に強要する真意とは?

介護保険制度によって、全ての介護施設等で身体拘束ゼロへの取り組みが行われています。

とても大義のある取り組みであることに間違いありません。

しかし中には、そんな大義は建前でしかない施設もあるのではないかと思います。

その理由をお話しします。

取り組みを実施しないと減算になる

介護サービス提供の対価を介護報酬と言いますが、その料金を上乗せできるオプション的なものを加算、規定の通りできていない場合に介護報酬から引かれるペナルティ的なものを減算と言います。

その中で、身体拘束禁止規定に則って身体拘束ゼロへの取り組みを行っていない場合の減算を、身体拘束廃止未実施減算と言います。
身体拘束廃止未実施減算の詳細がわかるリンクを貼っておきますね(カイポケ

この減算が発生する要件は、その名の通り「身体拘束廃止の取り組みを実施していない場合」なわけですが、現時点で入所者の誰にも身体拘束を行っていなかったとしても、「今後も身体拘束を未然に防ぐための取り組みを実施しなければならない」という決まりがあります。

未然に防ぐための取り組みとは、研修会などで職員の意識を高めるなどのことです。

減算になるということは?

介護報酬が減算されるということは、施設の収入が減るということになります。

施設の収入が減ると、どうなるでしょう?

そう、職員の給料やボーナスに影響するということです。

現場職員にしたらとばっちりのように感じるかもしれませんが、残念ながら、施設も会社なんですよね。

なので、現場職員もしんどいからって軽はずみに拘束してしまうと、自分も痛い目にあう可能性があります。

身体拘束ゼロを強要する経営側の真意

施設の経営側としては、「減算を回避しよう」というのが真意でしょう。

もちろん、中には本気で利用者本位という大義を胸に秘めている人もいるでしょうけどね。

でもやはり介護サービスはサービス業ですから、経営のかじ取りをしなければなりません。
経営がうまく回らないと、職員を守ることができませんしね。

だから、減算を回避しようとする目論見はケチでもなんでもなく、職員のためにも必要なことなんです。

というか、減算というペナルティがないと、隠れてお構いなしに拘束する施設が少なからずいるので、利用者本位という大義を守る意味でも、これらは全て必然に成り立っていると言えます。

施設の真意の背景には職員の善意がある

減算を巡る介護施設等の経営側の真意は、前述の通りです。

ただ忘れてはならないのは、そういう減算が設けられた背景に介護職員の善意があるということです。

これまでに、身体拘束を良しとしない職員たちの想いがあって、声を上げてきたからこそ、このような規定が生まれました。

介護施設は閉ざされた空間などとネガティブなことを言われますが、介護職員を志す人の多くは、しっかりと福祉の心を持っているんだなあと、キレイにまとめてみたり・・・。

でも、本当にそうだと思っています。

介護職は捨てたもんじゃないです。