「食事のたびに、むせたらどうしよう…」
「喉に詰まらせてしまったら…」
ご家族の介護をされている方にとって、食事の時間は愛情を伝える大切なひとときであると同時に、常に不安がつきまとう緊張の瞬間ではないでしょうか。
はじめまして。
私は、介護福祉士・ケアマネジャーとして20年以上、高齢者の「食」のサポートに携わってきました。
多くのご家族から「食事の時間が一番怖い」という切実な相談を受ける中で、皆様が漠然とした不安を抱えていることを痛感しています。
ご安心ください。
この記事を読めば、高齢者の命を脅かす「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」と「窒息」の本当の原因、そして明日からすぐに実践できる具体的な予防策が分かります。
この記事を読み終える頃には、あなたの漠然とした不安は「こうすれば大丈夫」という自信に変わります。
そして、ご家族と「美味しいね」と笑い合える、穏やかな食事の時間を取り戻せるはずです。
【基本のキ】命に関わる「誤嚥」と「窒息」の決定的な違い
介護現場で頻繁に耳にする「誤嚥」と「窒息」。
似ているようで、実は全く異なる状態です。この違いを正しく理解することが、適切な予防への第一歩となります。
誤嚥(ごえん)とは?
ひと言でいえば「食べ物や唾液が、間違って気管に入ってしまうこと」です。
本来、口から入ったものは食道を通って胃に送られます。
しかし、飲み込む力(嚥下機能)が低下すると、気管の入り口を上手く閉じることができず、異物が気管から肺へと迷い込んでしまうのです。
私の経験上、特に注意が必要なのは、食事中だけでなく、就寝中に唾液や胃からの逆流物が気管に入ってしまう「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)」です。
はっきりとした「むせ」がないため気づかれにくく、じわじわと肺炎のリスクを高めていきます。
窒息(ちっそく)とは?
こちらは「食べ物などが喉や気管に詰まり、呼吸ができなくなること」です。
誤嚥が「気管への流入」であるのに対し、窒息は「気道の完全な閉塞」を指します。
呼吸が完全にできなくなるため、数分で命の危険に直結する、非常に緊急性の高い状態です。
お正月の餅による事故が有名ですが、介護の現場ではパンやミニトマト、こんにゃくゼリーなど、日常的な食品でも窒息は起こり得ます。
誤嚥性肺炎の「本当の原因」は食べ物ではなかった?
「誤嚥性肺炎は、食べ物が肺に入って起こる病気」 多くの方がこう誤解されていますが、これは正確ではありません。
本当の犯人は、お口の中の「細菌」です。
私たちの口の中には、無数の細菌が存在します。
健康なときは問題ありませんが、体力が落ちた高齢者の場合、これらの細菌が食べ物や唾液と一緒に肺に入り込むことで、炎症を引き起こします。これが誤嚥性肺炎の正体です。
つまり、極論を言えば、たとえ食事をしていなくても、細菌を含んだ唾液を誤嚥するだけで誤嚥性肺炎は起こりうるのです。
だからこそ、介護のプロが口を酸っぱくして「口腔ケアが命を守る」と強調するのには、明確な理由があるのです。
丁寧な歯磨きやうがいで口の中を清潔に保つことは、何よりも効果的な誤嚥性肺炎の予防策と言えます。
データで見る「誤嚥性肺炎」の恐ろしさ
少し専門的な話になりますが、厚生労働省が公表している人口動態統計を見ると、この問題の深刻さが分かります。
高齢者の死因として「肺炎」は常に上位にありますが、その肺炎で亡くなる80歳以上の方の多くが、誤嚥性肺炎であるというデータがあります。 (出典:厚生労働省 人口動態統計など)
窒息は「不慮の事故」として扱われ、割合としては少ないですが、発生すればその場で命を落とす危険があります。
一方で誤嚥性肺炎は、気づかないうちに進行し、じわじわと命を蝕んでいく。どちらも非常に恐ろしいことに変わりはありません。
【明日から実践】食事で命を守る5つの具体的な予防策
では、具体的にどうすれば誤嚥性肺炎や窒息を防げるのでしょうか。
私が10年以上の現場経験で培った、ご家庭でも実践できる5つの鉄則をご紹介します。
1. 食事前の「準備」を徹底する
食事は、椅子に深く腰掛け、少し前かがみの姿勢が基本です。
ベッドで食事をする場合も、必ず上体を90度近くまで起こしましょう。
「寝食分離」は介護の基本です。
また、食事の前に簡単な「嚥下体操(えんげたいそう)」でお口周りの筋肉を動かすと、飲み込みがスムーズになります。
2. 「口腔ケア」で細菌を減らす
食前・食後の口腔ケアは絶対です。
特に、食前のケアは、食べかすや細菌が食べ物と一緒に肺へ流れ込むのを防ぐために非常に重要です。
歯ブラシだけでなく、スポンジブラシや舌ブラシも活用し、口の中全体をきれいにしましょう。
3. 食べやすい「食事形態」を工夫する
喉に詰まりやすい「パン」は牛乳やスープに浸す、まとまりにくい「ひき肉」は片栗粉でとろみをつけるなど、少しの工夫で安全性は格段に上がります。
ミニトマトやブドウは1/4にカット、お餅やこんにゃくゼリーは避けるか、極々小さく刻むなどの配慮が不可欠です。
4. 正しい「介助方法」を身につける
介助者は必ずご本人の横に座り、正面の少し低い位置からスプーンを運びます。
下から口元に運ぶことで、自然と顎を引いた「飲み込みやすい姿勢」になるからです。
一度に口に入れる量はティースプーン1杯程度。
急かさず、ご本人のペースで「ごっくん」と飲み込んだのを確認してから次の一口を運びましょう。
5. 「食後の姿勢」にも気を配る
食後すぐに横になると、胃の中のものが逆流し、誤嚥を引き起こすリスクがあります。
最低でも食後30分~1時間は、座った姿勢を保つように心がけてください。
【重要】「絶食・安静」はもう古い!最新の誤嚥性肺炎へのアプローチ
もし、誤嚥性肺炎になってしまったらどうなるのでしょうか。
かつては「絶食・長期安静」が当たり前でした。
しかし、近年の研究で、この対応はかえってサルコペニア(筋肉の減少)や廃用症候群を引き起こし、回復を遅らせることが分かってきました。
現在の医療・介護現場では、専門家による評価のもと、できるだけ早く口から栄養を摂り、早期にリハビリを開始するのが主流です。
口から食べることをやめると、飲み込むための筋肉もあっという間に衰えてしまいます。
「食べ続けること」こそが、最高の機能訓練になるのです。
私が担当したある利用者様は、胃ろうで何年も口から食事をされていませんでした。
しかし、専門チームのサポートで再び口からゼリーを食べることができた瞬間、長年見せなかった満面の笑みを浮かべられました。
この光景は、今でも私の脳裏に焼き付いています。
「食べる喜び」は、人が生きる上で、計り知れない力を持っているのです。
この記事のまとめ
- 誤嚥は異物が気管に入ること、窒息は気道が詰まることで、どちらも命に関わる危険な状態です。
- 誤嚥性肺炎の本当の原因は食べ物ではなく、口の中の「細菌」。だからこそ口腔ケアが最も重要です。
- 食事介助では「姿勢・食事形態・介助方法・食後の安静」の4点に注意を払いましょう。
- 万が一、誤嚥性肺炎になっても、現在の主流は「早期離床・早期経口摂取」です。
- まずは明日から、食前の口腔ケアと、一口目の水分で飲み込みを確認することから始めてみましょう。
Q&A:よくあるご質問
Q1. 食事の時によくむせるのですが、すぐに誤嚥性肺炎になりますか?
A1. 「むせる」のは、異物を気管から排出しようとする大切な防御反応です。むせるからといって、すぐに誤嚥性肺炎になるわけではありません。しかし、むせが頻繁に起こる場合は、飲み込む力が低下しているサインかもしれません。食事の形態を見直したり、一度専門医(耳鼻咽喉科など)に相談することをおすすめします。
Q2. とろみ剤の使い方がよく分かりません。どのくらいの固さが適切ですか?
A2. とろみ剤の適切な濃さは、ご本人の嚥下機能によって異なります。薄すぎると気管に流れ込みやすく、濃すぎると喉に張り付いてしまいます。まずは製品の表示通りに作り、スプーンを傾けて「ゆっくりと流れる」くらいが一般的です。自己判断は危険な場合もあるため、ケアマネジャーや訪問看護師、言語聴覚士などの専門家に相談し、適切な濃度を評価してもらうのが最も安全です。
Q3. 意識はあるけれど喉に物が詰まって苦しそうな時、まず何をすればいいですか?
A3. まず、ご本人に咳ができるか確認してください。可能であれば、強く咳を続けるよう促します。それが難しい場合は、すぐに救急車(119番)を呼び、到着を待つ間に「背部叩打法(はいぶこうだほう)」を試みます。これは、手のひらの付け根で、左右の肩甲骨の間を力強く数回たたく方法です。ご本人が咳き込んだり、詰まったものが出てくるまで続けます。 ※注意:意識がない場合は、直ちに心肺蘇生を開始してください。